トレーナーの減量体験記|85kg→68kg、4ヶ月で仕上げたリアル

こんにちは。
西国分寺パーソナルジム和(なごみ)のオーナー、三谷です。
今回は、お客様のダイエット事例ではなく、トレーナーである私自身が実際に行った減量の実体験についてお話しします。
現場で指導する立場だからこそ、自分自身の身体を通して「何がうまくいき、何が難しかったのか」を検証してきました。
この記事では、実体験をもとに、当時の状況や背景も含めながらご紹介します。
結果:メンズフィジーク176cm超級に出場し、入賞

まずは結果から、私は2023年の11月に、メンズフィジーク176cm超級(マッスルゲート千葉大会)に出場しました。
- 体重:85kg → 68kg(17kg減少)
- 減量期間:4ヶ月
- 結果:5位入賞
実は大会1週間前くらいから体重、体脂肪率は測っていませんが、残っている記録では、体重68kg体脂肪率5.8%でした。実際にはもう少し絞れていたとは思います。
入賞できたのは素直に嬉しかったですが、正直に言うと、「もっと絞れたはずだった」という悔しさが残りました。この感情があるからこそ、次もまた挑戦したくなります。
減量幅が大きく、最後の1ヶ月は“無理しました”

なぜ無理をしてしまったのか。ここには、私の人生スケジュールが関連しています。
当時の私は、大学院修士課程2年で修士学位論文を提出して修了(卒業)予定の年でした。
修士論文の提出は1月。
この提出に向けて、最低でも2ヶ月は集中できる期間を確保したいと思っていました。
大会自体は、11月に設定しました。17kgの減量幅だと、月に3kg落とすとしても6ヶ月は必要なので5月には減量を開始するべきでした。
とはいえ、減量のスタートは予定より遅れました。
理由は2つあります。
減量スタートが遅れた理由①:博士進学と学振申請
修士2年時には、すでに博士課程への進学を決めていました。
大学院の博士課程学生には、学術振興会の特別研究員(いわゆる学振)という制度があります。
採択されると、博士課程学生でも給料をもらいながら大学院に通うことのできる制度です。
当時の私は、いわゆる「苦学生」だったので、学振は絶対に落とせない勝負でした。申請書は全部でワード7ページ。でも、この7ページに2ヶ月をかけました。締切は5月末、3−5月はこの学振申請に全神経を注いでおり、正直減量どころではありませんでした。
でも結果は、不採択となり、かなり絶望しましたが、この時の経験はかなり自分の力になったと実感しています。
(次年度は無事採択されました。)
減量のスタートが遅れた理由②:学位論文の中間審査
2つ目が、学位論文の中間審査です。
これが6月にありました。学振申請を終えても、次は中間審査。
常に「締切」が迫っている状態で、身体を絞る精神的余裕はありませんでした。
そしてこの中間審査が終わったタイミングで、1ヶ月間筋力を取り戻す期間を設け、その後、7月にようやく減量を開始しました。
減量中に守った2つのこと
減量を成功させるために、僕が徹底して守ったことは2つだけです。
派手なテクニックは特にありません。
当たり前のことを、当たり前にやり切りました。
でも実際、この2つを守れたかどうかで、仕上がりは本当に変わります。
① 筋トレの重量を落とさない(落ちるなら回数を増やす)


減量中に気を付けるべきは、
「トレーニングの質が落ちること」です。
筋肉を残したまま脂肪だけ落としたいなら、
筋肉に対して「まだ必要だ」と身体に伝え続ける必要があります。
そのために私が意識したのが、できる限り重量を落とさないこと。
ただし、減量が進むとどうしても筋出力が落ちる日もあります。
そんなときは無理に意地を張らずに(怪我のリスクもあるので)、
- 重量が落ちるなら 回数を増やす
- いつも通りできない日は 動作を丁寧にする
このようにして「刺激の質」を維持・あるいは向上させることを意識しました。
② バランスの取れた食事管理

減量というと、「とにかく食べない」「我慢するもの」というイメージを持たれがちですが、私が行ったのは、バランスの取れた食事管理を徹底することでした。
脂肪を落とすうえでは、「食事」と「有酸素運動」が大きな役割を持ちます。
一方で、筋肉をできるだけ残すためには、「食事」と「筋トレ」が欠かせません。
つまり、食事は「脂肪を減らすため」にも「筋肉を残すため」にも重要な要素になります。
食事には、皆さんも一度は聞いたことがあると思いますが、「三大栄養素」と呼ばれる3つの栄養素があります。
それが、「タンパク質」「脂質」「炭水化物」です。
炭水化物を減らすダイエットはよく耳にしますが、極端に減らしすぎるのは、身体にとってはやはり異常な状態です。
三大栄養素と呼ばれているくらい、この3つは人間にとって欠かせないものであり、そのバランスが取れていることが、安定した身体づくりや生活につながります。
今回は減量期間が短かったこともあり、栄養バランス自体はできるだけ維持しました。ただし、摂取量は最低限に抑えていたため、結果として最後の1ヶ月カロリーは想定より低くなり、きついと感じる場面も多くなってしまいました。
大会当日|「修論書け」のヤジが飛び交う
ステージに立つ直前は、良いコンディションで臨めるか、ポージングはうまくいくかなど、不安な気持ちもありました。ただ、パンプアップで腕立て伏せをしているうちに、余計なことを考えず、自然と目の前のことに集中することができました。
一方で、ステージを終えたあと、応援に来ていた友人から
「修論書けってヤジを飛ばした」
と聞かされ、現実に引き戻されたことをよく覚えています。
大会後は、楽しさや達成感と同時に、「そろそろ現実を見るべきだ」という気持ちを強く意識するようになりました。その後は気持ちをしっかり切り替え、修士論文の執筆に集中することができました。
減量後のご飯は、人生で一番美味しい


大会が終わり、「修論書け」のヤジで現実に引き戻されたとはいえ、正直なところ、減量後のご飯はしっかり楽しみました。
4ヶ月間、食事量や内容をコントロールしていた反動もあり、普段なら到底食べきれない量を食べても、まだいける感覚がありました。それ以上に印象的だったのは、味覚の変化です。減量中にシンプルな食事が続いた影響なのか、一口ごとの味が驚くほどはっきりしていて、どれも
「お腹が限界まで空いたときに食べる最初の一口」が延々と続いている
ような感覚でした。
その流れで、ひとつ試してみたいことがありました。
それが、「減量後なら、苦手な食べ物でも美味しく感じるのではないか」という説です。
結果は、
むしろ普段よりまずく感じる
でした。
おそらく、減量後は「美味しい」と感じる味覚が鋭敏になると同時に、「まずい」と感じる回路も同じように鋭敏になるのだと思います。
苦手なものが急に好きになる、という都合のいい現象は、少なくとも私には起きませんでした。
まとめ|入賞したが、悔しさが残る。2026年大会出場予定
2023年11月の大会では5位入賞という結果を残すことができましたが、正直なところ悔しさも残りました。この経験を糧に、2026年は大会に再び挑戦する予定です。
西国分寺パーソナルジム和(なごみ)では、
お客様一人ひとりのライフスタイルに合わせたダイエット指導を行っています。
目安としては月に−2kg前後が無理の少ないペースですが、目標や期限によっては、それ以上のペースにも対応可能です。ただし、その場合はそれなりの覚悟が必要になります。
また、LINEを使った食事指導のサポートも行っており、
「トレーニングは自分でやりたい」「ジムに通う時間は取れない」という方が、食事指導のみで体重を落とした実績もあります。
無理なく、でも確実に。
続けられる形で身体を変えたい方は、ぜひ一度ご相談ください。


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